親田辛味大根のもう一つのお話
2004年 11月 11日
寒に当たり、辛さの中に甘みが生まれる季節だ。
ところで、親田辛味大根には「白系統」と「赤系統」がある。
品種登録名は、白は「ごくらくがらみ」、赤は「とやねがらみ」となっている。
収量性が低く、「おろし」としての薬味にしかほとんど利用価値のない大根が、山間部の決して物質的に豊かであったとは思えない地理的条件のもと、なぜ江戸時代から今日まで絶えることなく栽培されつづけてきたのか。
「からい大根とあまい蕪のものがたり」(長野日報社)の中で、信州大学の大井教授は次の様に記している。
『下條村にある、現在は住職不在となった「太子堂」境内の片隅に、松尾芭蕉の句碑がある。
「身にしみて 大根からし 秋の風」 明治27年5月と刻まれているので、芭蕉没後200年を記念して建てられたものである。さらに句碑の裏面には地元の人たちの詠んだ俳句の寄せ書きがあることから、明治27年の時点では住職を中心として句会が開かれていたことがわかる。俳句を嗜み、蕎麦を打って語らいながら食す遊びの文化が「親田辛味大根」を支えてきたのではないか。』
秋風が吹く大地で、今日も親田辛味大根はゆっくりと育っている。