限界を越えるということ。

 はっきり言って、ココロもカラダも自分はフリークライミングは向いていないと思う。

 ココロの面では「高さ」から生じる恐怖心、「ギア」に対する不安感は、どれだけ登っても抜けきれない。一緒に登っている人は、ワタシが登りながらエイトノットを何度も再確認している姿を見かけていると思う。ロープが安全なのはアタマではわかっているけれど、カラダがそれを受け容れない。

 カラダの面では、男子にしては小柄な体つき。それでも頑張れるのは、自分よりもさらにちっちゃな女子達が頑張っている姿があるからかも。自然、ダイナミックな登りは程遠く、ちまちま手足を上げたりするムーヴが多くなる。女性陣とのセッションが盛り上がるのも、この辺りが理由かと思う。

 怖がりなワタシは思い切ったムーヴはなかなか出せず、めっちゃ手足を固める登りが主体となり、グレードを求めるフリークライミングにおいては、これが足かせになっているのは承知している。一方で、よくsonoに「アルパインではしょっちゅう突っ込むのに」と言われるのは、そういった意味では堕ちる気がしないからなのかもしれない。そう、多分自分がトライするグレードは「堕ちないグレード」なのかもしれない。堕ちるような難しいグレードの課題は、そもそもあまりトライしない。そりゃ、進歩しないわな、苦笑。

 初めてクライミングに触れたのは、もう10数年も前。あまりに長くて、恥ずかしくて言えない。たまにジムで「何年くらいやってるんですか?」と聞かれるが、都度、返事に困ってしまい「ええ、長くやってます」と応えるだけにしている。

 学生時代にワンゲル部に入り、帰省を兼ねて単独で瑞牆山から金峰山荘を縦走し、川端下へ抜けた。その時に、廻目平を通ったのだが、ロープを担いだ人たちを見て別世界と思った。バスに乗るため、川端下集落まで大きなザックを背負って歩いていたら、真っ赤な派手な車に乗った怖そうなお兄さんたちに「乗せてってあげるよ」と言われたが、ウブなワタシはおっかなくて固辞してしまった。今思えば、その頃は小川山の開拓盛期。有名なクライマーさんだったのかもしれない、苦笑。

 社会人になり、26歳頃に某山岳会に入る。入会当時は知らなかったが、当時の労山系ではかなりハードで名を馳せていた会。自然、クライミングも「訓練」として行われる。やりたくてクライミングを始めたのではなく、必要に迫られて始めたのだ。

 今でこそ人工壁はあちこちにあり、若くて運動が得意な人なら、わずか1ヶ月ほどで3級とかイレブンを登っちゃう人も少なくない昨今。しかし、当時のワタシは5.9すらろくに登れず、10aをリードする人を「まじ、すげぇ!」って思ったものだ。

 そのときに、よくトレーニングに使っていた岩場にあった、すんごくきれいなルートが「イエローキャット」(5.11b)。当時「これがイレブンの世界だ。触ってみろ。」とトップロープでぶら下がった記憶があるが、そのときは離陸すらできず「こんなん、一生頑張っても登ることはできない!」と思った。それでもあまりに美しい壁。密かに「いつか登れたらなぁ」とも思った。

 結局、受動的に取り組んだフリークライミングは長続きせず、転職だのナンだのでしばらく山から離れる生活に。そして、転機が訪れたのが、飯田に転勤になってから。色々な事情から、またぼちぼちと山に復活することにし、叩いた門戸が飯田山岳会だ。

 そこで出会ったのが、S水師匠。師匠の由縁は、「登る技術」も然る事ながら、「登る楽しさ」を教えてくれたことの意味合いのほうが強いかな。また、今でもお世話になっているK木さんやN村さん、ぶらいあんなど、飯田では素でクライミングを楽しませてくれる仲間に恵まれていた。今でこそ瑞浪は大賑わいであるが、10年ほど前の当時は静かな岩場で、冬によく行ったものである。

 そして、長野に転勤。ここでまた大きな転機を迎える。人工壁AWの存在と、そこに集う仲間達との出会いだ。飯田時代で残念だったのは、普段からトレーニングできる人工壁がなかったこと。長野への転勤を機会に、AWに通うことにした。

 初めの頃は、ジムにすごく入り辛かったのを覚えている。中では猛者たちが賑やかに登っている。最初は傾斜がないカンタンな壁に取り付くも、全然登れなかったなぁ。それこそ「4」なんて全く歯が立たず、すんごく苦労したのを覚えてる。新しくジムに来る人も最近は多いが、ちょっとすれば「4」なんて軽く登ってしまうけれど、多分、ワタシは「4」が普通に登れるようになるまで2年以上かかった気がする、苦笑。

 通っていれば、一緒に遊んでくれる仲間も出来てくる。外岩にも一緒に行くようになり、クライミングの楽しさの中に「グレードを求める」というものが加わってきたのはこの頃か。不思議なもので、自分ひとりだと登れない課題も、仲間と登ると登れるようになってくるのだ。

 そうこうして年月が過ぎ、こんなワタシでも少しづつ難しいグレードのものを触れるようになってきた。周りの皆には、本当に感謝している。

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 2013年12月1日(日)
 ふとしたきっかけで、某岩場の「イエローキャット」に触る機会に恵まれた。今日はまみたす、うえQと一緒。リードは初めてなので、緊張する。1便目はヌンチャクかけでムーヴを確認しながら登る。上部で怪しい所があったので、解決できてよかった。うえQ、長々とビレイありがと。
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 2便目。ビレイはまみたす。ものすごい緊張感だが、憧れのルートに対する畏怖の念に近い感覚も含まれていた。いきなり核心の2ピン目。あれだけヒビッていたパートだけど、自分でもびっくりするほどの集中力とスタンス感覚で墜ちる気がしない。
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 集中できているときは、ロープクライミングをしていることすら忘れる。安心感溢れるビレイも大きい。
落ち着いて、レストを交えながら中間の核心。ここもびっくりするくらい安定して登れて墜ちる気がしなかった。が、ここで雑念が入ったのか、次の核心のマントルで1便目と体制が違って体が上がりすぎ、ヒールを掛けたまま動けなくなってしまった。

 そう、自分「堕ちれない人」。そうなると、もう根性で上がるしかない。全身の力を振り絞って、ぷるぷるしながら登った様子は、ロープを伝ってまみたすも感じていた様子。そして、マントルをこなしてレストし、いよいよ上部核心だ。

 一便目でムーヴを確認できていたのでなんとかこなすことができ、最後のいやらしいパートもすんなり。そして、終了点にクリップ。あれ、登れちゃった。10数年の思い入れがあったルートだけに、感慨深くてぽろり、涙がこぼれそうになった。まみたす、うえQ、ほんとありがと!
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 高いところがニガテな自分が、なんでクライミングをしているのかと思う。理由は色々とあるけれど、その中のひとつには「限界を越える喜び」があると思う。クライミング(マラソンもだな)って、すごくシンプルに「自分の限界」がわかる。そして努力や頑張ること、仲間の力添えでその限界を乗り越えることができること。仕事を含めて、日常ではなかなかこのような体験をすることはないかもしれない。

 はっきり言って、歩みは遅い。最近クライミングを始めた人にも、どんどん抜かれている。でも、自分は自分。これからも、自分の中の壁をゆっくりと、安全に楽しく登って行きたいな。こんなワタシですが、どうぞこれからもよろしくお願いします。

■本日の成果■
・すずめ(5.9) ○再RP/m
・金魚鉢(5.10c) ○ RP/m これも、随分と前に触ったまま宿題になっていた課題。すんなりマスターで登れて、これはこれで嬉しかったり。
・イエローキャット(5.11b) x○ RP 一生、登れないだろうと思っていた1本。
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by kanechins | 2013-12-01 21:05 | 「岩」の独り言

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