「干し柿」づくりの最盛期

 下條村は、下伊那の名産品である「市田柿」(干し柿)の産地でもある。
 村内を歩き回っていると、あちこちで「柿むき」や「柿干し」が行われている。

b0050067_22333058.jpg
 

 写真は、柿の自動皮むき機「ムッキー」。
 テーブルに柿を載せると、自動的に柿の皮をむいてくれる。

b0050067_223348100.jpg


 写真は、皮をむいた柿を「ひも」に吊るしているところ。
 「ひも」に柿の実が当たらないようにするのがコツ。

b0050067_22335944.jpg


 写真は、「ひも」に吊るされた柿を乾燥させるために、ビニールハウス内に吊るしたもの。
 家の軒先に飾られる「柿のれん」が風物詩であったが、衛生面を考慮して、現在は鳥や虫などが入らないような施設での製造が行われている。

 実は、信州に来るまで「干し柿」はあまり好きではなかった。
 なんかべちゃっとして、むちゃっとした食感が合わなかった。
 しかし!市田柿を食べてからはその印象はがらりと変わった。市田柿は水分が非常に少なく(30%程度)、まるで「グミ」のようなしっかりとした歯ごたえの中に深い甘みと味が豊かで大変に美味しい。
 下伊那名産の「市田柿」、是非お試しあれ。
[PR]
# by kanechins | 2004-11-09 22:38 | 「日常」の独り言 | Comments(4)

デジカメを購入した

 今まで使ってきたオリンパスのデジカメは、画素数は130万画素ではあったが、3倍の光学ズームを持ち、暗い場面での露出も良いなど非常に使い勝手がよく大変気に入っており、またその気持ちに応えて実によく働いてくれた。
 まだデジカメが世に出回り始めた頃に購入した「彼」は、購入時には7万円以上した記憶がある。一度、沢登りで水に漬け、4万円ほどの修理費もかかったので、余計に愛着が湧いていた。

 が、時代は流れ、大電力消費型であり単三電池では電池の消耗が激しかったこと、カメラ自身が大きく重さもあったこと、そして今回の不調から、ご隠居させることに決めた。

 というのも、今日ぶらりと電機店に行ったら、かなり前から狙っていたオリンパスの「μ-30」が店頭にないのだ!!
 実は9月頃から値下がりが始まっており、「これは新製品が出るから、値段は下がるな」と読んで、じっと狙ってきていた機種だ。
 なぜ「μ-30」にこだわるのか。
 1.登山、沢登りやスキーなどに強い防滴構造であること
 2.露出が強いこと
 3.小型・軽量であること
 それよりなにより、なぜかこの機種に適合する「ダイビング用の水中ケース(2万円弱する)」を持っていることから、「μ30」でなければいけなかったし、後継者は「彼女」と決めていたのだ。

 ところが、電機店に行ってみて驚いた。
 予想どおり10月から新機種が発売されていたのだが、なんとカメラ本体の形状が斬新なデザインに変更されており、私の持つ水中ケースには適合しないものとなっていた。
 すぐに店の人に聞くと「あぁ、もうμシリーズは製造中止になりましたので、品物はありません」だって。がーん。
 急いで飯田市内の電機店を回るが、やはり在庫はないとのこと。
 最後の望みを託していた、ちょっと郊外にある某電機店に行ったら「展示品限り」で置いてあった。値段は下がってはいたものの、展示品のみか。傷があったり、落とされているかもしれないし、電池もそのままだ。
 が、あまり悩むことなく購入することにした。恐らく、飯田で販売されていた最後の1台であろう。

 巡り巡って、多くの人の手に触れてきた「彼女」がうちにやってきた。
 「彼女」はこれから、色々な山や岩、海外、水中の世界を旅することになる。
 「彼女」がそれを喜んでいるのかわからないが、大切にしながら共に歩んでいきたい。
[PR]
# by kanechins | 2004-11-08 20:01 | 「日常」の独り言 | Comments(0)

新潟中越震災の災害復興支援(その5)

 最後に、思ったことを。

 実際に、衣食住に困っている方々が新潟には大勢いる。
 全国各地から、実に多くの救援物資が到着していることに感激した。
 家庭から届けられるダンボールの中には衣服などのほかに、「雲仙・普賢岳災害のときにはお世話になりました。辛いことも多いと思いますが、力を合わせて乗り越えてください」など、一日も早い復興を祈るメッセージが入っていたものも多々あった。仕分けをしながら、目が潤うこともあった。届けられた荷物が、欲しい人の元に届くように仕分けにも力が入った。

 「多くの方々が実に様々な支援をしてくださり感謝の念に絶えない」と被災者をはじめ、関係者の方々が実際におっしゃっていたので、この場を借りてその言葉をお伝えしたい。

 と同時に、第三者として、不謹慎で言いづらいことではあるが、次の事も感じた。
 これから季節は冬。そう思ってか、まさに山ほどの衣類が届く。が、正直なところ、衣服を送るのは控えた方が良さそうだ。
 被災者の需要に合わせて衣服を配送するためには、男女別、種類別(シャツ、セーター、フリース、ズボン、下着など)、大きさ(XL、L、M、S、子供用など)に分類しておく必要がある。
 しかし、これは全て開けて仕分けしないといけないが、この作業には膨大なスペースと人足、時間が必要である。今日も4tトラックに5、6台ほどの衣服類が到着した。仕分けだけでも4、50人ほどのボランティアが担当したが、今日1日かけても仕分けは終わらない。一方で、物資の搬出・入も頻繁にある。
 ダンボールなどに日用品や衣類などを混ぜて送っていただく方も多いが、やはり仕分けに膨大な労力が費やされている。

 もし衣類などを送っていただく場合には、性別や種類、サイズを箱ごとに分けていただき、箱の外からすぐにわかるようにしていただけると大変助かる。
 実際、衣類については多くのメーカーからも、サイズごと、種類ごとにダンボールに区分けされたものが山のように届いている。
 
 また、各自治体などのホームページにも書かれているが、物資を送る際には事前にセンターなどに問い合わせていただきたいとのこと。
 恐らく、どこの物資センターもパンク状態で、限られたスペースに多くの種類の物資を揃えるには、各物資の適正在庫量を保つ必要があるからと思われる。

 必要なものを的確に被災者に届けるためには、ご理解いただければ幸いである。

 今回の派遣には、うちの母が当初から災害救助法が適用されていた安塚町の出身で親類も長岡市など周辺地域にいたということもあり、志願して参加させていただいた。
 忙しい時期にも関わらず参加を許してくださった関係者の皆様には、この場を借りてお礼を申し上げたい。
[PR]
# by kanechins | 2004-11-07 22:19 | 「日常」の独り言 | Comments(0)

新潟中越震災の災害復興支援(その4)

 私たちは長野県の要請に応じて新潟県の被災地域に派遣された。
 今回の派遣は第4次隊。各チームは10班程度で編成され、各班5名で編成されている。
 2泊のチーム、3泊のチームがあったが、延べで換算すると、今日までで既に650日・人が小千谷市、長岡市を中心に周辺市町村に派遣されたことになる。また月曜日から、また別のチームが派遣されることになっており、しばらくは継続されるようである。

 さて、夜のことも書いておかねばなるまい。
 当初は泊まるところもままならないということで、テントや寝袋、マット持参で参加したが、幸いにも片貝という地域の公民館をお借りすることができた。
 地盤が比較的安定しているのか、片貝地区では目立った家屋の被害は見受けられなかった。が、すぐ前の神社では鳥居や灯篭、墓石などが倒れていたので、相当の衝撃があったことが伺える。家屋が倒壊していなくても、家の中は相当な被害があるのかもしれない。
 ガスは復旧していないものの、電気、水は復旧していたので、想像よりもずっと良い状況で夜を過ごすことができた。なんにしても、トイレが使えるというのは幸運なことである。

 初日と2日目だけは、なんと弁当を頂けた。
 というのも、避難所の状況は刻々と変化しており、市で調達する食糧なども、不足により被災者に不公平感を生じさせるわけにはいかないということで、若干余裕を持って用意しているとのこと。
 配送ごとに避難所の状況を把握して食糧を準備する量に適宜反映させてはいるようだが、それでも余分が出てしまうことがある。残った弁当を保存できる冷蔵庫もないし、倉庫に置いて翌日に配送して食中毒を起こされても困るということで、余分についてはボランティアの方々などに振舞われることがあるようである。各避難所に余分に配送しても消費できない分については、ゴミとして捨てるよりは食べていただいた方が良いということで、遠慮はしたものの、結局いただいた。

 朝7時から夕方5時まで続く力仕事の連続。いつになく食欲が湧いた。 
 基本的に自分達で用意したカップラーメン中心の食事となったが、カップラーメンに慣れているはずの私でさえ、最終日には辟易してしまった。
 たった4日でこれなので、被災者の方々の辛さは相当なものである。

 また、滞在中に、体感地震が7、8回あった。最大で震度3程度ではあったが、真っ暗な中で轟音とともに訪れる余震には、地震慣れしていないこともあったが、正直、恐怖を感じた。大所帯でいたからまだマシであったものの、もし深夜に1人で強い地震に見舞われた場合の恐怖は計り知れない。
 今でも、夜間に家屋の中で寝ることが怖くて車に滞在している人が多いと聞くが、その気持ちの一端を感じることができた。

 (その5に続く)
[PR]
# by kanechins | 2004-11-07 21:45 | 「日常」の独り言 | Comments(0)

新潟中越震災の災害復興支援(その3)

 最終日の今日は、センターの監督者が「実際に被災現場を見て、今後の震災対策の参考にしていただきたい」と物資と共に、物資を搬送する自衛隊車輌に乗せてくださった。

 特に被害が甚大な地域は、道路は波を打ち電柱は傾き、墓石は倒れ、完全に倒壊した家屋が散在していた。活断層の直上にあるこの地区では約300戸のうち半分以上が損壊、倒壊などの被害を受けたようである。

 物資を搬入する際、避難所にいた被災者の方々には、もはや声をかけることなどできなかった。
 ただ黙々と物資をテントに運び込むことしかできなかった。
 TVの画面や新聞の写真で見た「絵」そのものではあるのだが、実際に目の当たりにすると、脳天を「がつん」と殴られたような衝撃が走りまくった。
 実際に目の前で家屋がつぶれているのである。
 うまく言えないが、現地を回っている間は、何も言葉が出てこなかった。

 なお、写真は一切ない。
 デジカメが使えない状態であったこともあるが、もしデジカメを持っていたとしても、とてもシャッターを切る気持ちにはなれなかったと思う。

 (その4へ続く)
[PR]
# by kanechins | 2004-11-07 20:57 | 「日常」の独り言 | Comments(0)


【 Facebook、Twitter、mixi からご訪問の方】  最新の投稿を見るには、タイトル「旅鳥の独り言」をクリックしてみてください。


by kanechins

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

最新のコメント

クラさん、ご訪問&コメン..
by kanechins at 12:47
 自分も12月に遠山郷へ..
by クラ at 23:37
 T様、御訪問&コメント..
by kanechins at 20:35
★Nonさん  初めて..
by kanechins at 00:40

カテゴリ

全体
「日常」の独り言
「山」の独り言
「岩」の独り言
「アルパイン」の独り言
「滑り」の独り言
「人工壁」の独り言
「沢」の独り事
「料理」の独り言
「旅」の独り言
「走り」の独り言
「氷」の独り言
「潜り」の独り言
「映画」の独り言
「本」の独り言
「音楽」の独り言
「釣り」の独り言
「農業」の独り言
未分類

ブログパーツ

登山について

クライミング、沢に限らず「登山」は体力、技術、経験、ルート状況、気象条件、装備などによりリスクを伴う活動です。本ブログに起因するいかなる事象についても責任は負いかねます。皆様の安全登山をお祈りします!
 ★ 記事下部にある「comments」をクリックするとコメントできます!

以前の記事

2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
more...

記事ランキング

フォロー中のブログ

iron日記
おなかがすいたら登れない(旧)
デブまっしぐら!ツッキー編

ファン

ブログジャンル

アウトドア
登山

画像一覧